大判例

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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)1536号 判決

第一六〇七号控訴人(申請人) 尾張三郎外一名

第一五三六号被控訴人(申請人) 高野仁司外三名

第一六〇七号被控訴人 第一五三六号控訴人(被申請人) 銚子醤油株式会社

主文

一、第一審申請人尾張三郎、根本広次の本件控訴を棄却する。

二、原判決中第一審申請人高野仁司、大根衛、山下満智子、根本美奈子に関する部分を取消す。

三、東京地方裁判所が同庁昭和三十一年(ヨ)第四、〇〇七号地位保全仮処分申請事件について同年八月二十二日為した仮処分決定中右申請人高野仁司、大根衛、山下満智子、根本美奈子に関する部分を取消す。

四、右申請人高野仁司、大根衛、山下満智子、根本美奈子の本件仮処分申請を却下する。

五、昭和三十三年(ネ)第一、五三六号事件の訴訟費用は第一、二審とも右申請人高野仁司、大根衛、山下満智子、根本美奈子の連帯負担とし、昭和三十三年(ネ)第一、六〇七号事件の控訴費用は右申請人尾張三郎、同根本広次の連帯負担とする。

六、この判決は第一ないし第三項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一審被申請人代理人は、昭和三十三年(ネ)第一、五三六号事件につき、主文第二項ないし第五項前段同旨の判決、同年第一、六〇七号事件につき、控訴棄却の判決を各求め、第一審申請人尾張三郎、根本広次代理人は、昭和三十三年(ネ)第一、六〇七号事件につき、原判決中同人らに関する部分を取消す、東京地方裁判所が同庁昭和三十一年(ヨ)第四、〇〇七号地位保全仮処分申請事件について同年八月二十二日為した仮処分決定中同人らに関する部分をつぎのとおり変更する、被申請人は右両名を被申請人の従業員として取扱うこと、訴訟費用は第一、二審とも被申請人の負担とする、との判決を求め、第一審申請人高野仁司、大根衛、山下満智子、根本美奈子代理人は、昭和三十三年(ネ)第一、五三六号事件につき、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、それぞれ次のとおり述べた外は原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

第一審申請人ら(以下単に申請人らという)代理人の当審における主張の要旨。

一、「なかま」第四号中「一人十殺」の記事には、一、二言葉の上で不穏当な点もあるが、その記事全体から見れば言葉どおりの意味を現わしているのでなく、賞与二カ月分獲得のための団結を強調した趣旨であることが記事全体との関連において明らかであるから、右記事は就業規則にいわゆる職場秩序を乱した場合に該当せず、従つて、解雇はもちろんその他の懲戒事由にも該当しない。

二、就業規則第三十八条と第六十四条とは制定の理由を異にするものである。第六十四条は、従業員の一定の非難すべき行為に対して適用される規定であるが、第三十八条は、従業員に非難すべき事由はないけれども雇傭関係を解除しなければならない場合に適用される規定である。従つて、第三十八条の事由がない場合に、懲戒のために、第三十八条によつて解雇することは許されないし、懲戒に該当する行為を、第三十八条第三号のやむをえない事由に該当すると解することも不当である。

三、申請人らが職制の麻痺、企業の破壊を企図したとの解雇理由の主張は、第一審被申請人(以下単に被申請人という)において右事実があつたと主張する時期から一年七カ月も経てから、はじめて、提出されたものである。すなわち、右の解雇理由は昭和三十年九月二十七日付の解雇の意思表示(以下第一次解雇という)ではこれを不問に付しておきながら、昭和三十一年六月十八日付解雇の意思表示(以下第二次解雇という)でこれを取上げたのは、無効と判明した昭和三十年九月二十七日付の右第一次解雇の意思表示を実質的に維持しようとするために本件訴訟の途中で誤つた証言をとらえて、一旦不問に付した事実をあらためて取上げ、第二次の解雇の意思表示をしたものであるからこれは不当である。

四、S会議が被申請人主張のような作業遅延など日常闘争の具体的方策を決め且つ申請人らがこれに従う意図を有していたというのは全く事実無根のことである。また、現実に作業能率が低下したこともないし、低下させる行動をとつた事実もない。統一グループは労働組合意識を高め、組合決定の具体的実践をするため組合内部における労働運動の中核となり、S会議は、さらにその中核となつて、組合内活動をしなければならないと考えていたのであつて、S会議の職場内における活動は合法的な労働運動である。

作業量についても、船倉における上げ槽の枚数が増えたり、手伝いのまわり番が減らされるなど一日割当の仕事が増加してきたので、S会議の構成員が組合幹部に対しこの点について会社との交渉を要求するとか、従業員が直接職場管理者に要求するなどの行動をとつたのである。仕事の量は一日いくらと定められており、その仕事は一人一人孤立して行われるものでない。船倉の仕事は三人一組となつていて、一人の仕事が遅れれば他の二人が迷惑する。粕剥ぎが遅れれば袋が間に合わなくなり、上げ槽ができなくなるし、上げ槽が遅れれば粕剥ぎも遅れるのである。労働者は自分の仕事に誇を持つているのであつて、その中で作業を遅らせたり、質の悪い仕事をすれば、他の労働者の批判を受け、その信頼を失うこととなるのであるから、組合内活動に支障を来たすこととなる。その上この組合は、組合役員がこの訴訟で会社のために利益な疏明資料を出すような次第であつて、組合員は積極的な活動をすることが困難なので、S会議や統一グループがこのような拙劣な決定をするはずもなくその構成員がこのような行動をとるはずもない。勇敢に労働条件についての日常活動をしただけのことである。

被申請人代理人の当審における主張の要旨。

一、本件で問題とされている「なかま」第四号に記載された「一人十殺」と題する文書が従業員によつて作成され、従業員間に配布されることは、企業の秩序維持を目的とする就業規則に牴触する行為であることはもちろんであり、懲戒解雇に値する行為である。右の記事は過激で刺戟性が強く危険を孕んでいる。記事自体からみて組合員の団結を強調したに過ぎない記事と解すべきではない。仮りに右の記事が団結強化の呼びかけだとしてもそれは申請人らを中心とする特定のグループおよびこれと親密な関係にあつた少数者の結合の呼びかけであつて、労働組合の組織の強化とは無関係であつたことが明白である。

二、右「一人十殺」の記事が第二工場船倉の従業員から集つたアンケートの中から発見されたものであり、また、これをその従業員に読みあげられたことなどがあつたとしても、右の記事は賞与闘争に関する組合活動を支援し一般従業員の団結を強調する意図によるものということはできない。「なかま」第四号を配布するに当り、「敵に渡すな」とか「読んだら焼却しろ」といつているのであるから、配布を受けた者以外の人に見られては具合が悪いのである。もし一般従業員の団結を強調する趣旨であるならば、会社や組合に秘密にして、また、統一グループ並にこれと親密な関係にある人達だけに限つて配布するわけはない。

三、「なかま」第四号の配布が就業時間を避けて手渡し、または、作業服に入れておくなどの方法でひそかになされたとしても、その記事の内容が不穏当なものである以上は、職場秩序を乱すものであることは多言を要しない。経営者としては就業規則上からもその作成配布者を排除することができなければならない。懲戒規定が懲戒事由に当る行為として定めているものには、その情状に応じ段階的に解雇以下譴責まであるが、「なかま」第四号の「一人十殺」の記事の作成配布は解雇に値するものである。

四、被申請人はS会議の組織的な具体的行動における責任を退及しているのである。右のような記事をS会議の機関紙に発表したことは、その組織の行動としてなされたものであるから、その組織の構成員並にこの文書の配布者その他支持的行動をした者は責任を免れることはできない。

五、就業規則第六十四条に該当しその情状が解雇に値する場合に、第三十八条第三号のやむを得ない事由に当るものとして通常解雇(第三十八条による解雇)の処置をすることは、就業規則の実際の運用上しばしば見るところであるが、懲戒理由に基いて通常解雇をする場合には、その事由が懲戒解雇に値しなければならないわけではない。一定の行為につき通常解雇することが客観的にやむを得ないと認めるに足るかどうかを認定すれば足り、それ以上に懲戒解雇に値する条件を具備しなければならないように解するのは全く両者の就業規則に占める地位を没却した議論である。

六、問題の記事の作成配布も、また、本件で問題とされている怠業の謀議も、企業の阻害を企図したS会議の組織活動たる点において軌を一にしている。この記事が仮りに或る種の団結を強調したものとしても、申請人らは企業を阻害する影響のある行動を起すことを表明し、或はこのような行動に参画することによつて団結を高めようとしたものである。本件記事は言論表現の自由の範囲を逸脱しているし、企業秩序の維持に悪影響を及ぼすものであるから、就業規則に照しその責任を追及するのは当然である。

七、申請人らが「なかま」第四号を配布するに当り「一人十殺」の記事を熟知していたことは推認するに難くないところであつて、これを平気で文書にしたり他に配布したりするような極端な感覚の持主を雇用するには重大な不安と不信とをいだかないわけにはいかない。

S会議の構成員を事実上の指導者とし、これに同調する者を含めて統一グループを組織しているのである。そしてS会議の決定した作業能率低下の方針が実行に移されたことは申請人尾張三郎が自ら報告しているところである。また、統一グループが昭和二十九年春から夏にかけて人よこせ運動のために仕事の能率を意識的に低下させたことも明白にされている。従つて統一グループに属する申請人らが、S会議の決定した方針に従つて行動し、少なくともこれに従う意図を有していたことは推認することができる。

八、職場内において会社の許可なく文書を配布することは、それだけで職場の秩序を乱すものであつて、責任を免れないものである。その配布の方法が悪いといつているのではない。職場において文書を配布する場合には会社の許可を得なければならないという職場の秩序を乱すのであつて、就業時間を避け、また、ひそかに配布したからといつて、職場の秩序を乱した責任が阻却されるわけのものでない。

「なかま」第四号の記事のもととなつたと申請人らの主張するアンケートを集めた目的は、組合が一般組合員の意向と遊離することを回避し、かつ、賞与闘争を有利に導くためでなく、S会議、統一グループの拡大強化のためになされたに過ぎない。従つてこのアンケートを集めたことは組合活動となるものではない。

九、申請人らは就業規則第三十八条の適用について、従業員側の非難すべき行為を理由として解雇する場合には、同条の適用は許されないと主張している。しかし同条第三号のやむをえない事由に当る具体的基準は、必ずしも、従業員の非難すべき行為がない場合に限らるべきではなく、従業員側の事由により雇傭関係の基盤たる信頼関係が毀損され、企業に対する不寄与性が顕現される以上、右事由に該当するというべきである。

一〇、第二次解雇は、申請人らのいうように、無効と判明した第一次解雇を維持するために、一旦不問に付した事実を、あらためて、取上げたものではない。被申請会社は、申請人らの職制麻痺、企業破壊の行為を不問に付したことはない。第一次解雇の有効であることを信ずるのであるが、審理の結果、申請人らの具体的行動が判明したので、予備的に昭和三十一年六月二十八日付準備書面で第二次の通常解雇をしたのである。

一一、S会議で決められたことは、その構成員が絶対に服従しなければならない。また、S会議で決められたことは、統一グループにより実行されて行くのであつて、統一グループの構成員がS会議で決められたことを実行しなければ、グループから脱落しなければならない。申請人尾張、根本広次がS会議の方針に従う意図を有していたのはもちろん、申請人大根、高野、山下、根本美奈子はいずれも統一グループに加入していたのであつて、「なかま」を配布したものであるから、S会議の方針に従つて現実にその活動を行つていたことが明らかである。しかも、この大根以下の右四名も第一次解雇当時は、いずれも、S会議に所属していたのであるから、これらの事実からみても同人らがS会議の決定方針に従う意図を有していたことは明らかである。

一二、申請人は統一グループやS会議の活動は職場における組合活動と無関係ではなく、これと一致するものであると主張しているが、被申請人も統一グループやS会議の活動の中で、組合役員の選挙など正当な組合活動について申請人の責任を問うているのではない。本件解雇の事由は組合活動とは無関係である。すなわち、職場において作業を遅らせたり、仕事をサボルことは組合とは何も関係はない。また、職場内で秘密文書を配布することも同様である。作業量の適正化についての正当な活動についても被申請人は問題としていない。しかし、「仕事の量が多過ぎる」「揚槽の量を少なくしろ」「醤油屋の一日の賃金はいくらになるか、そんなに働いては損だ、仕事を少くしよう」などというのは、作業量の適正化の活動ではなく、明らかに作業量の低下をはかるサボである(乙第十五号証)。粕剥ぎの点については三浦久陳述書に述べられている(乙第十三号証)。

一三、要するに、本件解雇は第一次的には「なかま」第四号の関係者としての責任を問うものであるが、本訴の審理の過程において第一次解雇当時に知り得なかつた幾多の業務阻害の具体的事実が明らかになつたのである。従つて、これらの事実は第一次解雇の理由の中に含まれなかつたことは当然であつて、申請人のいうように、これを不問に付したというものではない。しかし、このような事実が明らかになつた以上「なかま」第四号の発行配布の事実とともにこれを理由として解雇することは、企業の安全な運営と維持のため必要なことであるから、第二次解雇すなわち就業規則第三十八条第三号による通常解雇は企業の性質上やむを得ない事由に基くものといわなければならない。

(疎明省略)

理由

一、被申請会社は醤油の醸造を目的とする株式会社で千葉県銚子市に工場を有し、申請人らはいずれも同会社に雇傭せられ同工場に勤務する従業員で、かつ、同工場の従業員を以て組織されている銚子醤油株式会社従業員組合の組合員であつたところ、被申請会社は昭和三十年九月二十七日付で申請人らに対し就業規則に基いて懲戒解雇の意思表示(以下第一次解雇という)を為したことは当事者間に争がないところである。また、被申請会社が、昭和三十一年六月十八日付の準備書面(記録第一五四丁五)によつて、申請人らに対し昭和三十年四月改正の就業規則第三十八条第三号に基き、予備的に解雇の意思表示(以下第二次解雇という)を為し、昭和三十一年七月二日第一審申請人ら代理人が右書面を受領したことは、記録に徴し明らかである。

二、第一次解雇は、申請人らが「一人十殺」と題する記事を掲載した印刷物(昭和二十九年六月十五日発行の「なかま」第四号)の編集、印刷、発行または配布に関与したことを理由とするものであること及び右記事の内容が別紙のとおりであることは当事者間に争がない(被申請人は第一審においては、右事実のほかに、原判決事実摘示中被申請人の主張の二、(二)に解雇理由第二として記載する事実も、解雇の理由であつたと主張したのであるが、当審においては、解雇の効力は「なかま」第四号の作成、配布が就業規則の定める懲戒解雇の事由に該当するか否かによつて決せらるべきであることを認めている。―第二準備書面(記録第七三九丁以下)で引用する第一準備書面(記録第五〇二丁)第一の冒頭の記載及び第二準備書面六の記載参照。)。

申請人らのうち、尾張三郎、根本広次が右「なかま」第四号の編集、印刷、配布のいずれかに関与したことは申請人らの争わないところである。そして、申請人根本広次が、その編集、印刷、配布に関与したことは、当審における同人の本人尋問における供述によつて認められるけれども、申請人尾張三郎がその編集、印刷に関与したことは、これを認めるに足る疏明がないから、同人は配布をしたに過ぎないと認めるのが相当である。その余の申請人四名が右「なかま」第四号を配布したことは成立に争のない乙第五号証の一ないし五、第六号証の二、三、当審証人田杭昭夫の証言によつて真正に成立したと認められる乙第九号証によつて明らかである。弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第六号証の内容中右認定に反する部分は措信できない。

つぎに、右「なかま」第四号の編集、印刷、配布が、就業規則の規定に照らし、懲戒解雇に値するか否かについて判断する。

「なかま」第四号に「一人十殺」と題する記事が掲載せられ、その内容が別紙記載のとおりであることはさきに認定したとおりであり、その末尾〈註〉を含め「このままなれば」以下の文言は一見して極めて過激のものであることは何人も異論のないところである。そして右の疏明資料によると右印刷物の配布に当つてその配布する相手方は後に説明するS会議並びに統一グループの構成員またはその同調者に限られ、その配布方法は会社または組合幹部に対し秘密とするよう配慮せられ、数十部を印刷配布したものであるが、右の印刷物全体を通読して見れば、これに記載した右の過激の文言も、当時会社と組合との間にそれほど不穏な激化した状態があつたとも認められないのであるから、これを以て、直ちに、社長以下の会社幹部を真実殺害したりこれに危害を加える意思を有することを表明したもの、またはこれを使嗾扇動したものとは認められないけれども、また一方、右のような記事はこれを読んだ者をして過激な暴力行為に赴かしめる危険が全然ないとは保証できないし、また、右記事において指名された者に少なからぬ不安を与えるものであることはいうをまたない。従つて、右のような記事を掲載した印刷物を編集、印刷、配布する行為は、その配布の方法如何を問わず、旧就業規則第六十四条、第十二号に規定する第五号に準ずる不都合な行為、新就業規則第六十四条第十九号に規定する第十四号に準ずる行為(各規則の有効期間ならびにその内容が別紙二記載のとおりであることは成立に争のない乙第一号証及び同第十一号証によつて認められる)に該当すると解するのが相当である。右印刷物の作成配布の目的が、申請人らの主張するように、組合員またはS会議統一グループの構成員の団結を図り、また、当時会社と交渉中であつた二カ月分の賞与の獲得にあつたとしても、また、右記事がアンケートの回答に基いたものであるとしても、右判断を左右するに足りない。

しかし、右就業規則には第六十四条において、同条に掲げる各号の一に該当するときその情状重き者はこれを解雇する旨を定めているのであるから、情状の重きこともまた懲戒解雇の要件であることはもとより当然のことであつて、右各号の一に該当すれば、これを解雇すると否とは一に被申請会社の裁量に任されているものであるとは到底解することができない。

ところで、申請人らの前記行為が右各号に該当することはさきに説明するとおりであるけれども、被申請人のいうように、これだけをとらえて直ちに懲戒解雇に値するほど情状重きものと認めるのは相当ではない。すなわち、前記のとおり、なかま四号の「一人十殺」の記事は前に説明したように、極めて過激な文言を含み、これを読む者をして過激な暴力行為に赴かしめる危険が全然ないとは保証しえないし、また、右記事において指名された者に少なからぬ不安を与えるものであるとはいえ、右文書の配布の方法(たとえ秘密のうちに配布せられたものであつても、数十部印刷され、かつ、継読的に刊行せられた機関紙の一号であること)や、その内容(主として、工員の生活苦を訴えるものであること)からみて、右文書が直接社長その他の幹部に危害を加える意思を表明したりこれを使嗾扇動するものでないのはもちろん、その与える影響も、被控訴人のいうように決して大きかつたものとは考えられないし、また、特にそれが悪影響を与えたような資料もない。従つて、被申請会社が申請人らの前記行為(右文書の編集、配布等の行為)を理由に同人らを懲戒解雇したのは、右規則の適用を誤つたもので、右解雇は効力を生じないものといわなければならない。

なお、被申請人は、申請人らの「なかま」第四号配布の行為は就業規則第六十四条第七号にも該当すると主張している。

しかし、右第七号の規定は右配布の行なわれた後である昭和三十年四月一日以降効力を生じたものであつて、これに相当する規定はその行為の当時施行せられていた旧就業規則には存しないのであるから、新就業規則によつてあらたに定められた右第七号の規定自体によつては当然に申請人らを懲戒解雇するというわけにゆかないのはいうをまたない。

三、申請人らに対する第二次解雇の効力について。

右第二次解雇が、申請人らが企業破壊の目的を有し、企業の存立を危うくする行為に出たものであつて、企業防衛上やむを得ない事由があることを理由に、新就業規則第三十八条第三号に基いてなされたものであること並びにその具体的事実は、原判決の事実摘示中被申請人の主張の三、に記載するとおりであることは、記録に徴し明らかである。

就業規則第三十八条(旧規則も新規則も全く同趣旨である。)に基く解雇は、懲戒としての解雇でないことは、第三十八条が第六章休職及び退職の章下に規定せられ、懲戒による解雇は別に第十章懲戒の章下に規定せられていること及びその規定の内容からみて明らかである。しかし、申請人のいうように(前記事実摘示中申請人の主張二、)第三十八条の解雇の規定(以下通常解雇という)は、従業員の一定の非難すべき行為を理由とする解雇の場合に適用してはならないとするような根拠はない。従業員の非難に値する行為によつて、第三十八条第一項第一号または第二号に準ずるようなやむをえない事由を生じた場合に、これを理由に通常解雇をすることを妨げる根拠はなにもないのであつて、従業員の行為に因ると他の原因に因るとを問わず、同項第三号所定のやむを得ない事由を生じたときは通常解雇をなすことをうるものと解するのが、右規定の趣旨にそうものといわなければならない。そして、申請人らが、被申請人の主張するように、企業の破壊を目的とし、企業の存立を危うくする行為に出たものであれば、これらの従業員を解雇することは、同項第三号にいわゆる「やむをえない事由がある時」に該当すると解するのが相当である。

よつて、申請人らが右のような行為を為したかどうかについて判断する。

被申請会社の従業員中一部の者が日本共産党の細胞であるS会議を構成していることは、当審証人酒井一男の証言及び成立に争のない乙第五号証の三によつて明らかであるし、また、右各証拠及び原審並びに当審証人田杭昭夫、柊弘一の各証言によれば、S会議の構成員とS会議の同調者数十名が統一グループと称する団体を作り、S会議並びに統一グループは、従業員組合の活動に慊らず、別に日常闘争を行つていたものであつて、S会議の機関紙として前記「なかま」を発行していたことが認められる。しかしS会議の究極の目的はしばらくおき、昭和二十九年、三十年当時S会議及び統一グループそれ自体が直接に被申請会社の企業自体の破壊を目的としていたとの事実についてはその疏明がない。

被申請人は、また、S会議及び統一グループは、消極的積極的サボタージユを行うことを方針とし、昭和二十九年一月頃には仕事を遅らせて人よこせ運動をすることを決議し、「粕剥ぎ」を遅らせ、「上げ槽」を減らし、樽繩をゆるくしばることなどを実行に移したと主張している。

成立に争のない乙第五号証の三、第六号証の二、四、弁論の全趣旨によりその成立を認める同第十二、十三号証、当審証人田杭昭夫の証言の一部、当審証人塚本辰治郎の証言によれば一応次の事実が疏明せられているものと認めるのが相当である。すなわち、S会議は昭和二十九年春頃以降日常闘争の一つとし、いわゆる人寄こせ運動、すなわち仕事を遅らせて仕事を間に合わせなくさせ増員を求める運動をする方針を決定し、その実行の方法としては、上げ槽の量を減らし、粕剥ぎを遅らせ、樽繩をゆるく縛ることなどを奨励したこと、従業員組合は会社の定めた作業量を承認していたのであるから、右は組合としての運動ではなくS会議の運動であつて、これを実行する者は組合運動としてではなく、独自の立場において為したものであること、そして右方針はS会議の構成員や、S会議の同調者の集まりであつて、大体S会議の方針に従つていた統一グループの構成員によつて実行に移されたこと、また、S会議の構成員はS会議の決定に従わなければならない立場にあつたものであつて、申請人尾張三郎、根本広次はS会議の構成員であつて右運動を推進し、ことに尾張三郎は樽繩をゆるく縛りこれをS会議に報告したこと、申請人山下満智子、根本美奈子は統一グループの構成員であつて、自ら上げ槽の量を減らすと共に他の者に対してもこれを扇動したこと、申請人高野仁司、大根衛は当時統一グループに属し、その後同グループから脱落するどころか、かえつて第一次解雇当時はS会議に加入していたのであるから、少なくとも右S会議の決議に賛成し右の運動には同調していたものであることが一応認められる。

申請人ら代理人は、申請人尾張三郎、根本広次、山下満智子、根本美奈子が前記認定のように、作業を遅らせるような行為をしたことを否認し、そのようなことをする筈がないとしてその行われえない理由を詳しく説明している(前記事実摘示中当審における申請人らの事実上の陳述四参照。)。それでこの点は本件解雇の効力を決定する重点でもあるので、申請人らの右の主張の理由を考慮に入れて、本件に出された当事者双方の疏明資料を比較対照し詳細に検討して見ても、右のような行為をしたことを肯定する疏明資料が誤りであるという心証は出てこないわけである。

申請人尾張三郎、根本広次、山下満智子、根本美奈子の右認定の行為と申請人高野仁司、大根衛の前記決議に賛成しその実行に同調した行為とは、前記二、において認定した「なかま」第四号に関与した申請人らの行為と相まち、業務を阻害し、企業の存立を危うくするものといわざるをえないから、これを理由とする被申請会社の第二次解雇は就業規則第三十八条第一項第三号に該当し有効であると認めるを相当とする。

以上認定のとおりであるから、申請人らの解雇が無効であることを前提とする申請人らの本件仮処分申請は、いずれも却下を免れないものである。

原判決中申請人尾張三郎、根本広次に対する第二次解雇を有効と認め、同人らの仮処分の申請を却下した部分は正当であるから、これに対する同人らの本件控訴は失当として棄却すべきである。

しかし、原判決は、その余の申請人らに対する第二次解雇を無効と判断し、同人らの仮処分申請に対する仮処分決定を変更して認可しているから原判決中この部分を取消し、仮処分決定中同人らに関する部分を取消し、同人らの申請を却下すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第九十六条、第九十二条、第九十三条を適用し、また、本件仮処分を取消す部分には仮執行の宣言を付するのを相当と認められるので同法第七百五十六条の二に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 薄根正男 村木達夫 元岡道雄)

(別紙)

一、なかま第四号の記事

一人十殺

賞与を取る事は第一にみんなの団結にあるが、それかと云つて唯口先だけの良い事を云つても団結らしくするのはヤル事である。

どうしたら二ケ月を取る事が出来るか、給料の後払いか、その外にもあるが私は前項を取る。何故ならば毎日の生活が物語つているのである。

人間生きるに最下位の生活は、吾々労働者だけがしているのである。

それだのに給料では足りぬ、着るものを買う事が出来ぬ、借金はたまる、有る様に見えてないのが金である。私の家へ来てよつてくれと私は云う、資本家の一族を。

子供は毎日小遣をくれと云うが、一日十円の金をやる事が困難である。学校に行くにも毎日同じ着物を着ている。下駄はナワの鼻緒である。朝の食事からはじまるが、米なんぞはあまり入つていない、子供達にはスマナイと思つているがこれも親達の責任と思い、心ではいじらしさに胸迫る想いであるのです。オカズは余り買わないミソに香のもの、イワシのケヅリブシ、それが毎日の食生活なり、衣の方は申すに及ばず着たきりスズメ、住の方は吾が家ではあるが親が作つてくれたまんまの七三の構、これから夏になる蚊が出ても蚊帳は紙バリである、良いのがない、フトンもない、客人が来てもそのまんま家のものから一枚々々取る様な仕末です。もつとくわしい事はあるがこれだけで、今迄の事はみんなで話合いましよう。

それから社員も工員も同じ人間である。

俺は思う、差もつけるなと。借金もある何故だ。これも明日の話。今迄の目標は二・五ケ月今度の二ケ月何故だ。前年度二千数百万円も得をして種々なものを作る。

この際ミツチリやらなければ、負けてしまいます。俺は思う話せるだけ話して出来なければストでもかまわん。

勝つ迄ガンバルと云う事である。

俺の家に蚤、蚊、蝿がたくさん居るキレイにしても出て来る、タタミは破れてるから藁を買うにも金、好きなタバコも三、四本にしても生活に負けて食われ放題このままなれば、一人十殺でこの世をオサラバ。

〈註〉 (一人十殺とは一人で十人を殺すの事、この場合は、社長以下を指す文句であります)団結してなお又一人で十人に当ると云う気構を持つて行くと云う事。

二、就業規則(抄)

(一) 旧規則(有効期間、昭和二十三年三月以降昭和三十四年四月まで)

第三十八条 左の各号の一に該当するときは三十日前に予告するか三十日分の平均賃金を支給した上解雇する

一、精神若くは身体に故障があるか又は虚弱老耄疾病のため業務に堪へられないと認められたとき

二、已むを得ない事業上の都合によるとき

三、其の他前二号に準ずる程度の已むを得ない事由があるとき

前項の予告の日数は一日について平均賃金を支払つた場合に於てはその日数を短縮する

第六十四条 左の各号の一に該当するときは譴責減給又は出勤停止に処し其の情状重き者は即時解雇す

五、職務上の指示命令に不当に反抗し職場の秩序を紊し又は紊そうとしたとき

十二、その他前各号に準ずる不都合な行為があつたとき

(二) 新規則(昭和三十年四月改正)

第三十八条 左の各号の一に該当する時は三十日前に予告するか三十日分の平均賃金を支給した上解雇する

一、精神もしくは身体に故障があるか又は虚弱老衰病疾の為業務に堪へられないと認められた時

二、やむを得ない事業上の都合による時

三、其他前二号に準ずる程度のやむを得ない事由がある時

前項の予告の日数は一日について平均賃金を支払つた場合に於てはその日数を短縮する

第六十四条 左の各号の(一)に該当する時は譴責減給又は出勤停止に処し其情状重き者は即時解雇する

(七) 事業場内に於て許可なく文書の配布貼布及集会を行つた時

(十四) 職務上の指示命令に不当に反抗し職場の秩序をみだし又はみだそうとした時

(十六) 故意に作業能率を害し又害しようとした時

(十九) 前記各号に準ずる程の行為があつた時

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